一日中、どんよりした天気。雨で外に出る気にもなれなかったので、映画を見ることにしました。そういえばこれまで見られてなかったなあと思う二作品を連続で見ました。
※以下、少々物語の内容に触れています。
ミラベルだから、できること
「ミラベルと魔法だらけの家」は、家族で唯一「ギフト」を得られなかった主人公ミラベルが家族の絆を繋げていく物語です。
映画では終始、ミラベルがなぜギフトをもらえなかったのか、その謎が引っかかっています。家族からは若干煙たがられてしまう感じが、なんとも可哀想に感じてしまいます。
能力がない、と思われがちでも、実はその人にしかできないこともある。というメッセージを私はこの映画から感じました。ミラベルにしかできないこと。それは、ギフトをもらえなかった分困っている人へ目を向けて進んで行動することです。人にはあって自分にはない。そんな境遇に悩み苦しむ中で、周りの人の悩みや苦しみに気づくことができる。ミラベルが教えてくれたのはそんな、人の中にある本当の「ギフト」であったと思います。
思春期の子どもの特徴をよく捉えた作品
「私ときどきレッサーパンダ」という見る前は一見不思議な作品も、見ていくとなんとも面白い作品だと思いました。
何よりもこの映画の素敵なところは、13歳思春期の子どもの特徴をよく捉えて表現されているところだと思いました。ちょっと道を外れたくなったり、仲間と絡んでは好きなものに向けて内なる力を発揮したりするところ、アイドルやかっこいいものに憧れたり、「大人になる」ことに憧れたりするところなどなど。(いわゆる「厨二病」的な側面も感じました)
主人公とその親友が見せるあの生き生きとした感じ。個性を前に出して自分らしく生きている様子に、大人になってしまった自分は、憧れてしまいます。
レッサーパンダが表すものについて
レッサーパンダが示しているのは、映画を見るとなるほど、どんな人にもある心の中で隠していた「モンスター」な部分であるということだと気づきます。それは、時には人々を魅了し、時には凶暴化するという複雑なもの。映画では一族の女子に現れるものとして扱われていましたが、男子にもありそうなものだと思います。
母親の真面目な教育で、礼儀を守り過ごしてきた主人公も、実は内に異なる性格を隠してきたというところに、13歳の性格を表現できていたと思います。
そんな母も、子どもの頃は主人公と同じく、内に隠してきたものがあったことがわかります。真面目になることを求めてきた分、内にいた「モンスター」は主人公よりも遥かに凶暴でした。本当の自分を偽ってくるほど、「モンスター」は大きくなってしまうということでしょうか。
まじめに生きることと本当に自分がなりたいものとを、うまく両立することが大事だと、映画の終盤で伝えていたように思います。内なるレッサーパンダを表に出していこう。そういう意味でも、この映画の明るいメッセージが素敵だったと思います。
子どもへ向けたメッセージなようで、大人にも響くものだったと思います。私自身、そんな登場人物たちののびのびとした生き方に、パワーをもらいました。
どちらの作品も、本当に大切なものは何か、というのを伝えているものであったと思います。何を大事にすべきかを教えてくれる、素敵な作品でした。
加えて、どちらの作品も映像がきれいで、技術の高さを感じました。特に「レッサーパンダ」の方、ピクサーならではのコミカルさは、見事でした。